なりうる最高の自分になる

タイプ・性格分析は大事だけど振り回されてはいけない!

自分のタイプ・性格を知るのは大切なこと。

自分のタイプや性格を分析する方法は数え切れないほどありますよね。

一昔前は「動物占い」が流行りましたし、すべての人は9つのタイプに分けることができるという「9つの性格」という本も有名です。

自分のタイプや性格を知ることは、とても大事です。それは言わば、「自分の取扱説明書」を得るようなもの。

「自分はこういうタイプだから、こういう生き方をすれば良い方向に向かうし、こういう生き方をすれば悪い方向に向かってしまう」。

それが分かれば物凄く気が楽になるし、違うタイプを目指して苦労することもなくなります。人生における迷いやストレスは相当少なくなるでしょう。

僕も、最近自分があるタイプだと知って、「あぁ、だから昔からこうだったのか」と猛烈に腑に落ちました。そのおかげで、決して僕は劣っているわけでもないし、ある意味仕方のないことだと安堵しました。

そして今後は、「自分のタイプに合わせた生き方をすれば、力を発揮できるんだ!」という希望が見えました。言ってみれば、「報われない努力・苦しい努力は止めよう」とスッキリしたわけですね。

タイプを知って、新たに見えたこと。

自分のタイプを知って、凄く楽になったことは事実です。

でも。でもですよ。同時にあることに気付いたんですよ。

それは、

  • 「僕は○○タイプだから、○○は無理」と簡単に諦めてしまう自分がいること。
  • 「僕は○○タイプだから、○○できなくても仕方ない」と免罪符を振りかざしている自分がいること。

もちろん、何でもかんでもチャレンジしたいとは思いませんし、そんな時間もありません。でも、自分のタイプを意識するあまり、可能性を狭めてるし、許された気になってるな〜と気付いたんです。

僕という人間を便宜上分類したはずなのに、いつの間にか自分がそのタイプにハマって行ってるなと。外国に行くと、「日本人のイメージ」に合わせてしまうのと同じです。「僕は日本人」じゃなくて、「日本人の僕」になっちゃってるわけですよね。

それって、「自分がタイプを使いこなしてるんじゃなくて、タイプに使わてるやん!」って思ったんです。

同じタイプでも個性は違うはず。

時折、

  • 「自分は○○タイプなので、それはできません・やりません」
  • 「自分は○○タイプなので、こうしてください」

そう言う人に出会います。

確かに、自分のタイプを知ることで判断は明快・迅速になります。「自分はこのタイプだから、これは○、これは✕」と判断しやすいんですよね。

でも同じタイプの中でも、少しずつ個性は違うはずです。グラデーションのようになっていて、そんな白黒はっきり付かないはず。同じタイプでも、あることを出来る人もいれば、出来ない人もいるはずです。

それにもかかわらず、

  • 「自分は○○タイプなので、それはできません・やりません」
  • 「自分は○○タイプなので、こうしてください」

そう言って割り切ってしまうのは、「あなたがタイプを決めている」のではなく、「あなたがタイプに決められている」ように思えてなりません。

それって、凄く勿体無いことです。そして、自分がどんなタイプであろうと、決してそれで許されるわけではありません。嘘をつけないタイプだからって、ズバズバなんでも言って良いはずがありませんよね。

まとめ

自分のタイプを知ることは、進むべき方向性を大まかに示してくれる取扱説明書です。でも、そのタイプを意識するあまり、可能性を狭めてしまったり、許された気にならないように気をつけたいものです。

タイプは、自分が使いこなすもの。決して、タイプに使われてはいけませんよね。